大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

名古屋高等裁判所 昭和39年(ネ)102号 判決 1966年2月09日

控訴人(被告) 酒井辰二 外一名

被控訴人(原告) 小西万治郎

主文

原判決を取り消す。

被控訴人の請求を却下する。

訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。

事実

控訴人ら代理人は主文と同旨の判決を求め、被控訴代理人は控訴棄却の判決を求めた。

当事者双方の事実上の主張および立証関係は次に付加するほか原判決事実摘示と同一であるからこれを引用する。

第一控訴人ら代理人の陳述

一、当事者適格について。

(1)  人事訴訟手続法(以下人訴法と略称する)第四条は、離婚の訴につき後見人が夫婦の一方当事者でない場合に限り、当該後見人が独立して原告として訴え、あるいは被告として訴えられる旨を定めており、そして同法第二五条は離縁の訴につき右第四条の規定を準用する旨定めている。これに反し、婚姻の無効、取消等に関する一般婚姻事件の訴については右第四条のごとき規定はなく、これに対応して縁組の無効、取消等に関する一般養子縁組事件の訴については第四条を準用する規定をおかず、却つて第二六条において養子縁組事件一般のための準用規定を列挙するにあたつては、ことさら第四条を除外しているのである。若し、離縁以外の訴、例えば本件のごとき縁組無効の訴についてまで第四条が準用されるのであれば、わざわざ第二五条と第二六条の条文を別個におくことはない筈である。

元来離婚や離縁はこれをするについて双方当事者が意思決定をすべきことであつて、他から干渉がましいことをすべきものではないため、第三者がこれを求めて訴訟の当事者となることは性質上ありえないことであるが、ただこの原則を徹底すると離婚や離縁につき意思決定ができぬ場合に不都合が生ずるので、その定型的な場合として、禁治産者のばあい(人訴法第四条、第二五条)、代諾権者ある一五才未満の養子のばあい(民法第八一五条)には、例外として、後見人、後見監督人、代諾権者についてのみ当事者適格を付与することにしたが、それは確かに理由のあることである。しかしこれに反し、婚姻の無効や養子縁組の無効については、ひろくその無効を主張するについて法律上の利益を有する者ならば誰でもこの訴を提起し得るのだから(取消についても、親族ならば誰でもでき、ひろい範囲で当事者適格が認められている)、民事訴訟法の原則を破つてまで、その訴につき禁治産者のために後見人もしくは後見監督人のごときがその地位において自ら当事者となる必要はないし、そうする実益もない。

若し後見人において訴訟をしたいというのであれば、禁治産者を当事者とし、自己はその法定代理人として訴訟を追行すれば足りるであろうし、また自己が法律上の利益を有する主体として後見人たる地位を離れて訴を提起せんとするのであれば、宜しく禁治産者のための特別代理人の選任を得たうえ、婚姻または縁組の当事者双方を共同被告として訴訟をなすべきである。すなわち本訴においては養親たる訴外秀次郎をも共同被告に加え養親子双方を被告として訴えるべきである。

(2)  被控訴人は、控訴人辰二の申立にかかる名古屋家庭裁判所半田支部昭和三六年(家ロ)第一号後見人の職務執行停止ならびに職務代行者選任審判事件につき、同年三月三一日なされた決定により、その後見人たる職務の執行を停止せられ、該職務代行者として訴外大村幸太郎が選任せられ、更に同裁判所昭和三七年(家ロ)第二号後見人職務代行者の解任等審判事件につき同年一一月二七日なされた決定により同訴外人の職務を解任され、該職務代行者として訴外新美万五七が選任されているから、右新美ならばともかく、被控訴人が後見人の職務に属すると称する本訴訟を追行する権限は全くない。

(3)  被控訴人の戸籍法に関する主張について。

本件の場合届出すべき者は秀次郎と控訴人両名であつて、届出が秀次郎不知のままになされたものでなく、届出書の持参、提出という事実上の行為が代行されたに過ぎないのであるから、その効力には何ら差異がない。しかも後見人は戸籍手続上の届出義務者であるに過ぎず、決してその権利者ではない。

二、本案について。

秀次郎は病状が悪化した今日においてすら、控訴人辰二を自分の子であること、もらつた子であること、自己が脳の病気のためなぐさめてもらうために貰つた子であること、事実面倒を見てもらつていることを明確に述べており、養子としたことの認識ならびに目的を示しており、かかることを述べるのは、かつて秀次郎において自ら養子縁組をする意思を有し、あるいは少くとも養子縁組を追認した事実があつたればこそである。

第二被控訴代理人の陳述

養子縁組は後見人が禁治産者に代つて届出するのが原則である。禁治産者にあらざる者が届出したごとく装い戸籍法第三二条第二項に基き届出した場合は、後見人の権限を冒かしたものであるから禁治産者保護の上から見て後見人は最も利害関係あるものといわなければならない。禁治産者を保護する任務と責任は後見人の職責である。このような利害関係を有する後見人として禁治産者保護のため訴訟を提起したものである。従つて職務停止となり代行者が出来ても訴訟追行の資格が失われるものではない。

第三立証関係<省略>

理由

成立に争のない甲第一号証、第二号証、第四号証、第八号証の一、二、第九号証の一乃至六、第一〇号証の一、二、三、原審証人久米かく、同近藤すゑ、同大村幸太郎、同加藤てつの各証言、および原審における控訴人酒井辰二、被控訴人各本人尋問の結果を綜合すれば、訴外酒井秀次郎は明治四五年五月三日父酒井庄太郎、母あさの三男として生れ、兄二人は早死したので、当時法定推定家督相続人の地位にあつたものであるが、昭和九年一二月一九日庄太郎が死亡するや、その衝撃から精神異常をきたし、昭和一〇年一月頃名古屋市東山脳病院に入院し治療につとめたが、治癒するに至らず、昭和一二年中一旦退院して爾来自宅で一室に監禁状態の下に家人の世話で静養してきたのであるが、その間母あさの申立により昭和二五年八月二一日名古屋家庭裁判所半田支部において、心神喪失の常況にあるものとして禁治産の宣告を受け、被控訴人がその後見人に就任したこと、被控訴人は秀次郎の姉きぬの夫であること、昭和二八年四月二七日秀次郎の母あさと控訴人両名とが養子縁組をなしその旨の届出がなされたこと、次いで昭和三五年四月三〇日秀次郎と控訴人両名が養子縁組をなした旨の届出がなされたことが認められ、他に右認定を左右するに足る証拠はない。

しかして、本訴請求は、秀次郎には右届出の当時養子縁組をする意思がなかつたのであるから、秀次郎と控訴人両名との間の右養子縁組は無効であり、被控訴人は秀次郎の後見人として控訴人両名に対し右養子縁組の無効確認を求めるというのである。そして、被控訴人の当事者適格が争われているのでこれについて検討する。

養子縁組無効の訴は縁組当事者の一方に限らず、第三者もこれを提起し得ることは異論のないところであるが、その範囲については規定がない。従つて第三者の範囲は確認訴訟一般の理論により定めらるべきであり、それは縁組の無効を確認する法律上の利益を有する者、換言すれば、その確認によつて相続、扶養その他の身分的権利義務に直接影響を受ける者または特定の権利を取得しもしくは義務を免れる者に限られると解すべきである。

そこで本訴のごとく養親が禁治産者である場合後見人が後見人たる地位に基き養子縁組無効確認訴訟の原告たる適格を有するであろうか。人訴法第四条は離婚の訴につき後見人が夫婦の一方当事者でない場合に限り、当該後見人が独立して原告として訴え、あるいは被告として訴えられる旨を定めており、同法第二五条は離縁の訴につき第四条の規定を準用する旨を定めている。すなわち離婚や離縁はこれをするについて双方当事者が自ら意思決定をすべきであつて、他から干渉がましいことをすべきものでないため、第三者がこれを求めて訴訟の当事者となることは性質上ありえないのであるが、この原則を貫くと離婚や離縁につき意思決定のできぬ無能力者の場合に不都合を生ずるので、禁治産者の場合(人訴法第四条、第二五条)、代諾権者のある一五才未満の養子の場合(民法第八一五条)には例外として後見人、後見監督人、代諾権者に当事者適格が付与されている。これはあくまで例外的なものである。これに反し婚姻の無効、縁組の無効については、その無効を主張するについて法律上の利益を有する者ならば第三者でも無効確認の訴を提起することができるのであるから、その訴につき禁治産者のために後見人もしくは後見監督人のごときがその地位にもとづいて自ら当事者となる必要は特に見出し得ない。そのため人訴法においても、婚姻の無効、取消等に関する一般婚姻事件の訴については同法第四条のごとき規定はなく、また縁組の無効、取消等に関する一般養子縁組事件の訴については第四条を準用する旨の規定をおかず、却つて同法第二六条において養子縁組事件一般のための準用規定を列挙するにあたつては、ことさら第四条を除外していることからも養子縁組無効の訴について後見人もしくは後見監督人に当事者適格を付与しなかつたことは明白である。

被控訴人は、後見人として当事者適格を有する他の理由として、養子縁組は後見人が禁治産者に代つて届出するのが戸籍法上の原則であるところ、禁治産者に非ざる者が恰も禁治産者が届出したごとく装い、戸籍法第三二条第二項に基き届出した場合は、後見人の権限を冒されたものであるから、禁治産者保護のため訴を提起する利害関係があると主張する。戸籍法第三一条本文は、届出すべき者が未成年者又は禁治産者であるときは、親権を行う者又は後見人を届出義務者とする、と規定し、但書において、未成年者又は禁治産者が届出をすることを妨げない、と規定する。右規定からも窺えるように、後見人は戸籍手続上の届出義務者であるに過ぎず、けつしてその権利者ではないのである。従つて後見人以外の者が届出をしたとしても後見人の権限を冒したものといえないし、これをもつて後見人が後見人たる地位に基いて養子縁組無効の訴を提起する法律上の利益を有するものということはできない。

なお、主張としては明確ではないが、被控訴人が第三者として本件養子縁組無効確認訴訟を提起すべき法律上の利益を有するか否かを検討する。被控訴人は前認定のとおり禁治産者秀次郎の姉きぬの夫という関係にとどまり、右無効確認により相続、扶養その他の身分的権利義務に直接に影響を受ける者であること、または特定の権利を取得し、もしくは義務を免れる者であることを認めるに足る証拠はない。従つて被控訴人は第三者として養子縁組無効確認を求める法律上の利益を有しないものというべきである。(なお、第三者が縁組無効の訴を提起する場合には養親子双方を共同被告として訴える必要があることを付言する。)

以上説示のとおり、被控訴人には本訴について当事者適格を有しないのであるから本訴を追行することができないことは明白である。さればその余の点を判断するまでもなく本訴請求は不適法として却下を免れない。

よつて、右と結論を異にする原判決は不相当であるからこれを取り消し、訴訟費用について民事訴訟法第九六条、第八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 坂本収二 渡辺門偉男 小沢博)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例